【Picaresque】報告:永田町サロン


<アートを「遊ぶ」場としての永田町サロン>


主催:社団法人 一茶庵
出品アーティスト:武 盾一郎(たけ じゅんいちろう)
作品コーディネート:Picaresque


2013年6月22日、第一回の永田町サロンが開催されました。




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永田町・現代アート・サロンの開催に際して   佃 梓央

<アートを「遊ぶ」場としての永田町サロン>

 私たちとアート(=美術•作品)との接し方は、いま、非常に限られた形になってしまっています。私たちは、美術館やギャラリーなど多数の作品が陳列される場で、1作品を数秒ないし数分で見て回ることがほとんどです。そこには、誰かとその作品について語ったり、時間をかけてその作品を深く読み解いていく態度はありません。
 そこで、今回はじめようとしている「永田町 現代アート サロン」では、たった数点の作品を何時間もかけて語り合い、深く深く読み解いていきたいと考えています。

 読み解いていくといっても、決してその先に「正解」のようなものがあるわけではありません。現代アートの場合、アーティストがその作品について書いたり語ったりしますから、それが読解の正解のように扱われがちです。また、評論家や学者たちもそれぞれのアプローチから「正解」のようなものを出して来ます。
 しかしこのサロンでは、かれらの言説を参考にしながらも、それを越えて、その場に集まったメンバーだけの帰着点を見出していきたいと思っています。彼らの与えるテクストは「正解」ではなく私たちが私たちの読解を進め、帰着点に進むための手段なのです。
 さらにその帰着点も、全員の結論がひとつにまとまらなくてもよいのです。誰かはこう考えているが、誰かと誰かは全く別の答えを持って帰った、というのでも構いません。その場に集まった人たちが、発言し、その発言によって周りの人たちが刺激され、また別の発言をする、されにそれに触発されて誰かが全く別のことを言う、こういった連鎖そのものを楽しむことが目的なのです。

 日本には「遊芸」という文化があります。連歌連句をイメージしていただけるといいかと思います。誰かのコトバに対して、それに触発された次のだれかが次のコトバをだしていく。さらにそれにインスピレーションを受けてだれかが‥‥、というように感性とコトバを連鎖させ、その過程自体を楽しんでいます。私がやっております「煎茶」もそんな遊芸のひとつです。掛け軸に描かれた絵、書かれた詩、配置される骨董類の全てを使って、集まった人たちと感性とコトバを連鎖させながら、それらの作品を深く味わい、集まったメンバーごとに、どこまでもどこまでも読み解いていくのです。

 今回の「永田町 現代アート サロン」では、現代アートをツールに、集まった人たちで、感性とコトバの連鎖としての「遊芸」を楽しんでいきたいと考えています。「永田町 現代アート サロン」を「現代アートを遊ぶ場」に仕上げていきたいと思っています。


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