2011.05.06.アトリエ寝室|線譜制作、葉書サイズ15(04.30-),名刺サイズ19(05.01-),20(05.06-)


USTアーカイブ(06:43)


<なんとなく文字起こし>


●大木・古木・老木・巨木のような芸術。


自分にとって理想の芸術ってなんだろうなあと考えてました。


こんなお話しです。
ある街に樹齢千年を超える巨木がありました。地元の人たちからなんとなく愛でられていて、ちょっと神々しさも感じられます。


そんなある日、バイパス道路の計画が持ち上がります。老木はそのバイパス道路予定地に入ってしまいました。


開発計画とは街の経済発展を求めたりまたは様々な利権のからみだったり、地元の人が望む場合もあるでしょうし権力の都合の場合もあるでしょう。


街をデザインをする人が机上でスーッと引いてしまうそのバイパス道路の真下には千年生きた木があるのです。


木を切り倒されたくない地元の人が居て、計画を進める側も木を倒さない方がいいと考え、その古木を緩やかに迂回するようにバイパス道路工事を変更して道路は作られました。


多くの場合、そのまま木は倒されてしまうのですが、しばしば工事の予定を変更し木を切らずに道を迂回させる事も実際にあるそうです。


この大木自身は何かの抵抗を訴えた訳ではないのですが、結果、何かしら「人間の都合」に対し異論を投げかける形となります。そして人はそれを無視出来ない事として受け止めた形になります。


そんな芸術でありたいと思ったのでした。


2011年05月06日(金)17:56
2011.05.06.Postcard size 15(04.30-), Businesscard size 19(05.... on Twitpic

2011.05.01.こたつアトリエ|ゴールデンウィーク?なにそれ食えるの?(葉書サイズ14,15/ 名刺サイズ18,19)


USTアーカイブ(06:12)


<やっつけ文字起こし>


名刺サイズ19作目描き始めました。
今まで、描き出しは「ウワーッ」と、大きいストロークで「憑依されてるみたいに」「ビッグバーンみたいに」描くのですが、今回、小さい線が増殖していくようにジワジワと描き出しました。


増殖して行った結果、構図や構造のようなものが見えてくるように描きたい、と言ってたのですが、今回、ウワーッと描き出さないやり方をしたことで、最初に「ウワーッぐしゃぐしゃ」とやる時に既にそこで構図を探っていたことを再認識しました。


「構図を構築しようとしながらも、常に構図を解体させようとする。」やり方がいいのかなあと思いました。



2011年05月01日(日)17:51
2011.05.01.Postcard size 14(04.25-), 15(04.30-), Businesscard... on Twitpic Businesscard size 18 (2011.04.28-05.01.) on Twitpic Postcard size 14 (2011.04.25.-05.01.) on Twitpic

こたつ中継|4月も終わり。線譜(葉書サイズ14作目,15作目描き始め,名刺サイズ18作目)描きます:2011.04.30.


USTアーカイブ(06:00)


<ざっくり文字起こし>


今日も無意識的に手が自動的に動き、良い感じで描けております。

描くことが自分の生活を支え、ゆくゆくは家族をも支えられるようになりたいです。そのために具体的に何をしたらよいか考えています。


(仕上がった絵が)心地良さや気持ちよさ、そういうポジティブな感覚や情緒が「共振・共鳴」するように描きたいです。
そのためには自分自身が心地良く嬉しくわくわくウキウキする線を描くことだと思います。


2011年04月30日(土)17:35
2011.04.30.Postcard size 14(04.25-), 15(04.30-), Businesscard... on Twitpic

こたつアトリエ中継|線譜(葉書サイズ14作目,名刺サイズ18作目)描いてます:2011.04.29.


USTアーカイブ(05:27)


<なんとなく文字起こし>


最近の絵は構成が大きく二種類、「黒地に白(線)」と「白地に黒(線)」となってきています。
前は「線そのものの様子(かすれたり、溜まってたり、すーっと伸びてたり、ギザギザしてたり)」を見せていたのですが、ラインを見せる感じでもなくなってきました。

ボールペンが0.25メインになり、それまでの0.6に比べて細くなった分「線の様子」が見えなくなってるというのがあります。
そして線そのものの様子より世界観を見せる方向にシフトして手数が圧倒的に増えてきたというのもあります。
それはボールペンサイズを0.6一種類のみを使って描いていたこと(一種類の太さというのも自分なりの理由がありました)から、0.25〜太字の太さを使い分けて描くようにしたことが大きな要因です。


線による楽譜ということで「線譜」と名付けたけど、いいのかなあと少し悩んだりします。

塗りではなく線で描いてるので線画ではあるので、大丈夫ですよね。



<解説>
●線について

「線そのもの」を抽出して描いてきました。

線とは、原初の絵画である。「引っ掻き跡」それはつまり「線」である。と、僕は考えました。
最初は何の形も追わずに、ただ単に「支持体(壁・紙・地面など)に刻み込む動作」が描く原点だと思うのです。
それは「行為としての線」

そのうちに何か(最初は顔とか)を線で象るようになります。
それは「輪郭線」


ここまでは多分人類共通の「線」だと思います。
そしてパースペクティブで絵画を解釈しなかった「日本の風土としての線」。


「行為としての線」は描いた人の証。線を刻んだ時の線の動き。線の表情。
「輪郭線」は現実に存在しない。形と空気の中間にある曖昧な領域。形と形の入れ替わる稜線。意味と意味の狭間。
「日本の風土としての線」は線を使って平面として絵を捉える土台。


そこだけに突き進んで行くと、いわゆる「抽象画」になって行くでしょう。または「新表現主義・ニューペインティング」でしょうか。


そうすると情緒や感覚に訴える絵ではなくなって行くことがよくあります。
僕の言葉で言うと、「ノリノリになる音楽」「キュンとなる音楽」「ふわーっとなる音楽」のようなものではなくなります。僕はそんな音楽のような絵が描きたかったのです。


抽象やニューペインティングの意味合いも持ちつつも、「感じる絵」を描きたいのです。



名刺サイズ17作目完成。


2011年04月29日(金)17:45
2011.04.29.Postcard size 14(04.25-), Businesscard size 17(04.... on Twitpic Businesscard size 17 (2011.04.25-29.) on Twitpic

「こたつアトリエ」本日も営業しております。引続き葉書サイズと名刺サイズの線譜を描いてます。2011.04.28.


途中で切れてしまったUSTアーカイブ(1)(02:02)



続きですがまた途中で切れてるUSTアーカイブ(2)(01:49)


<テキトー文字起こし>


(1)
昨日、今日とネットが途切れるのでUST配信しないで制作してました。

そこで分かったのは配信してた時と意識がまるで違うのです。

「配信のために制作してる」のではなく、「制作してる過程を、(たまたま)配信してるので、見ることが出来る」というスタンスで制作しながらUST配信してきました。
がしかし、もしそうならば、配信しても、してなくても、制作する僕の意識に違いはないはずなのです。
しかし、実際は違っていました。


配信といってもだいたい視聴者数は0人です。たまに1〜2人。なのですが、見られる可能性がいつでもあるのと、ないのでは意識が全然変わるんですね。
あらためてそれを発見しました。


(2)
もっと見る側に親切な見せ方があると思うのですが、今のところこのやり方しか思いついてません。

機材の問題だとお金で解決できるので、稼ぎたいです。
どなたか良いアイデアあったらアドバイスくださいな。


2011年04月28日(木)18:35
2011.04.28.Postcard size 14(04.25-), Businesscard size 17(04.... on Twitpic

事務所の予定がなくなり葉書サイズ+名刺サイズ線譜制作午後の部@強風こたつアトリエ:2011.04.27.


USTアーカイブ(06:22)


<解説的文字起こし>


絵をぱっと見た時に物語を感じさせたいなあと思いながら描いてます。

「物語り」はストーリーがあるので「言葉」と「時間」があります。
「言葉(言語)」と「時間」の制約を受けないのが絵の特徴でもあります。


「物語り」を感じさせる世界にふわーっと入り込むのですが、「言葉」と「時間」からは解放されている絵を描きたいと思っています。


そのよう「絵」の1つの例が「曼荼羅」かも知れません。

曼荼羅」とは、複数の要素がある秩序のもとに組み合わされ、全体として何らかの宗教的世界観を表したものと要約できるであろう。
曼荼羅Wikipediaより


「物語り」は「神話とファンタジー」が僕にとっての原型になります。

「神話・ファンタジー」はとかく暗喩に富んでいます。ストーリー(時間軸)を通して「記号」や「象徴」を形成していきます。
これら「暗喩」「記号」「象徴」は意味というか概念というか、「言葉(言語)」的分野の抽出物(柔らかな結晶のようなもの)だと僕は考えています。


僕は絵で感じさせる「物語り」から意味的な「暗喩」「記号」「象徴」を極力取り外したい、または曖昧にさせたいのです。


意味や言語的領域を極力絵に入れたくないのです。もっと感覚的で情緒的な音楽に包まれた時のような絵を描きたいのです。
そうすると完全に「抽象的なヴィジュアル」になってしまうのですが、そこに「物語り」を感じさせたいのです。


2011年04月27日(水)17:42
2011.04.27.Postcard size 14(04,25-), Businesscard size 17(04.... on Twitpic

葉書サイズと名刺サイズの線画(線譜)を描いてます@アトリエこたつ午後の部:2011.04.26.


USTアーカイブ(03:05)


<ざっくり文字起こし>


今日は何を考えていたかと言うと、絵のことではなくて女性(恋)のことを考えていました。
失った恋の切なさと口惜しさを思い出しながら描いてました。描いてるうちに失恋の痛手を思い出すことはよくあります。引きずるタイプなのでしょうか。
描きながら知らない間に失恋の苦しみに入り込んでしまうのです。


・・・・・・・・・・・・・


そう言えば、絵を描いてる時に悔しいことを思い出すことは多いかも知れません。


神戸被災地からいったん引き返してきて、千葉のラブホテルに住込で壁画を描いてる時、悔しさに身が押し潰されそうになりながら絵筆を握っていた体験がとても印象深くあります。
それ以降、悔しさを思い出して描く癖になってしまった感があります。


(僕を神戸被災地で活動させるプロジェクトを勧めた人たちが居たのです。僕はその熱意を真に受けて単身神戸の被災地に渡り、苦しみながら絵を描いたり祭りを手伝ったりしました。しかし、当の送り出した方達は神戸に来ない。ものの見事に僕(ら)を放置したのでした。このことは書くと長くなります。書きづらい所もありますのでざっくりと。いつかは詳しく書きたいです)


この悔しさを思い出す癖から、もう、解放された方がいいかも。


今までの失恋に感謝して、描けるように。


2011年04月26日(火)16:59
2011.04.26.Postcard size 13(04.19-26), 14(04,25-)Businesscard... on Twitpic Postcard size 13 (2011.04.19-26) on Twitpic Businesscard size 16 (2011.04.23-26) on Twitpic